ジャンルが変わり物量が増えても『龍が如く7』は“声”でドラマを彩る―収録ボイス数はシリーズ最多の約53,000!妥協なきサウンド開発を支えたのは「CRI ADX2」だった
2020年1月16日にセガゲームスより発売された『龍が如く7 光と闇の行方』は、シリーズ最新作ながら新主人公、新舞台、そして新たなバトルシステムを採用した意欲作となっています。非常に限られた開発期間ながら、シリーズ最多となるボイス数・効果音数を盛り込んだ同作は、サウンド演出の面でも非常に特徴的なタイトルと言えます。
今回は、株式会社セガゲームスの時枝浩司氏、服部義明氏、下原史義氏の3名に、同作のサウンド演出の根幹を支えたミドルウェア「CRI ADX2」を題材としながら、目指すべきサウンドデザインの方向性や、大量のアセットを短期間で実装する際のポイントについて訊きました。
――まずは自己紹介をお願いします。
時枝 氏:チーフプログラマの時枝です。プログラマの仕事の割り振りなどタスク管理が業務の中心ですが、プレイングマネージャーとしてプログラム業務も行っています。本作でいうとキャラクターが車に轢かれる制御は私が作っています。
服部 氏:サウンドデータの組み込み関連を担当した服部です。サウンドデザイナーが制作したデータを組み込むためのパイプライン構築を行ったり、主にツール周りを見ています。
下原 氏:サウンド制作チーフの下原です。主にSE・ボイス関連のデータ実装を管理・調整しており、一部のミニゲーム、バトルのコア部分などではSE制作も担当しています。本作の社内サウンドチームは約10名程度でしたが、担当不在の追加要件などを拾って対応したりもしていました。
――よろしくお願いします。今作の開発体制やスケジュールについて教えてください。
時枝 氏:社内の開発チームは100人以上、協力会社を含めると数百という規模感です。2018年春頃に企画の全体会議があり、サウンドチームとしては2018年末頃から少しずつ開発に参加した形です。
――今作から主人公も変わり、登場人物が活躍する舞台も大きく変わっています。改めて、今作の魅力について教えて下さい。
時枝 氏:『龍が如く7』はシリーズ最新作ではありますが、シリーズを通してプレイしたことがない方にもプレイしやすいタイトルになっています。まず主人公ですが、今作から初登場となる新主人公「春日一番」へと変わりました。ストーリーに関しても、春日一番を中心にどん底同士の人間たちが集まって仲間になり、同じ目的を持ち、一緒に成長して“成り上がっていく”のが味わえるものになっています。こうしたところは発売後から多くのご好評の声を頂いています。まだプレイされていない方も主人公も舞台も新しく生まれ変わっている『龍が如く7』を是非、手にとってプレイしてみてください。
――従来のアクションと異なり、今作からは“ライブコマンドRPGバトル”というシステムを採用しています。音作りに関してはどういったコンセプトで行いましたか?
下原 氏:バトルのシステムが変わったからと言って、サウンドデザインそのものの方針は大きく変わっていません。これまで通りの「龍が如く」シリーズのサウンドを目指すといった形でした。ただ、RPGというキーワードや、春日が「ドラクエ好き」という設定を活かし、いわゆる8bit風なアプローチを一部、取り入れています。仲間が増えた時のジングルなどもその一環です。
BGMに関しては、主人公が桐生に比べ感情変化が豊かな春日に代わったことで、コミカルなシーンはよりコミカルに、ガラの悪いシーンはよりガラが悪く、といった形で従来よりもバリエーションが広い楽曲群になっています。また、個性豊かなキャラを立たせるために、シーン、キャラに応じてライトモティーフ(シーンやキャラクターに紐づいて繰り返し用いられる旋律)を用いている部分もあります。
時枝 氏:私は仲間になった時のジングルは非常に気に入っています。最初は無音だったのですが、このジングルがついた瞬間に「RPGで仲間が増えた!」という感じが出たので、音ひとつでがらっと印象が変わったのを実感しました。同じテイストでは、携帯の着信音なども気に入っています。
――今作は仲間も増え、戦闘でのジョブも変わったものが多く、アセット数もかなり増加したのではないかと思います。具体的に、どの程度の数のアセットが実装されていますか?
下原 氏:ボイスはトータルで約53,000個とシリーズ最多になっています。今作は主人公たちが新規キャラクターである上に、バトルを主に基本システムが変わったことにも影響を受けて、ボイスの数もかなりの量になりました。
時枝 氏:RPGらしく仲間もジョブチェンジするようになり、自然とボイス素材は増えていきましたね。パーティチャットやバトル中のカットインなど、仲間に関連するボイスはとにかく多いため、掛け算でボイス数は増えて行きました。
下原 氏:SEは洗い出そうとするときりがないのですが、バトルの部分だけで言っても、約120個分のカットシーンのMAが必要だったのと、バトルのモーションに300個程度の新規効果音の追加などがありました。スキルなど従来の「龍が如く」シリーズにはなかった演出には新たなアプローチで制作し、バトルのジャンルが変わったことで回復や効果の上昇などのサイン的なSE(情報を伝える目的のSE)も増えています。
服部 氏:あとは敵の種類がかなり増えて、その分だけバトル関連の効果音も増えています。
――開発期間から考えると、非常に膨大な量だと感じます。実装にはCRI ADX2(※1)を用いているそうですが、どのように管理や制御を行っていましたか?
(※1 CRI ADX2:CRI・ミドルウェア製のサウンドミドルウェア。ゲーム開発で要求される多様なサウンド演出を手軽に実現することが可能。)
服部 氏:ADX2の基本的な機能はすべて使っていると思います。「龍が如く」シリーズは膨大なアセット数を扱うことが多く、これをサウンドデザイナーが手動だけで管理していくのは簡単ではありません。こうした理由で、サウンド開発を支援するツールが多く用意されているADX2を常に採用してきました。
下原 氏:我々はいつも「人間は必ずミスをするもの」ということを念頭に置いて開発を行っているため、自動化出来る部分は極力自動化しています。その点、ADX2は入出力周りが柔軟なので対応がしやすいですね。CSVで情報を作ってインポートすることも出来ますし、サウンドデザイナーがリストにコメントを一気に打ちたいなどの要求にも柔軟に応えてくれます。他には「組み込みの最終状態をwavで出力したい」ということが時々あるのですが、Atom Craft(※2)からはバウンス(※3)も出来ますので、こういう痒いところ、やりたいと思ったところにちゃんと機能が存在するのが良いところかな、と思っています。
(※2 Atom Craft:ADX2のサウンドオーサリングツール。サウンドの細かな調整やプレビューが可能。)
(※3 バウンス:再生した音を波形ファイルとして書き出す機能)
服部 氏:ミスを減らすという意味では、今作は台本レベルからファイル名の命名規則を徹底しています。「龍が如く」シリーズは発売スパンが短いため、リリースごとに振り返り会を行いながら次の開発にノウハウを継承することができます。前作ではデータ量の多さからファイル名の間違いが多かったので、チェッカー周りも自動化して対応しました。
下原 氏:自動化できるところは自動化して時間を短縮することで、実際の音作りに掛ける時間を捻出できている部分はありますね。今回のように短期間で大量のデータを実装する必要があるケースでは、ADX2は特に役に立つと思います。
――ADX2の機能で、特に役に立ったという機能はありますか?
服部 氏:個人的にはプロファイラ(※4)をかなり使っていまして、フェードの挙動など聴感だと判断が難しい部分の確認に重宝しています。プログラマだからというのもありますが、音の制御部分がログとして残ってくれるのはありがたいです。
(※4 プロファイラ:音数、CPU 負荷などのサウンド情報を可視化し、デバッグを効率化する機能)
服部 氏:あとは、カラオケの合いの手でしょうか?今作は仲間キャラクターがいるので、盛り上がっている感を演出するために仲間の合いの手を入れているんです。ただ、その場にいないキャラクターの合いの手が鳴ってしまっては困るので、セレクタラベルによる鳴らし分け(※5)を実装しています。
(※5 セレクタラベルによる鳴らし分け:ゲームの状況に合わせて鳴らす音を変える機能。プラグラムを書き換えることなくツールの設定のみで、状況に応じたサウンドデザインが可能。)
服部 氏:また、携帯の着信音の鳴らし分けもセレクタですね。“プログラム側が何も触っていないのに、サウンドデザイナー側が全て制御してくれる”というのは、私たちにとっても、本当に楽です。こちらがなにも条件を付けていないのに、音が変わっている!という嬉しい驚きもあったりします。あとは、例えばドラゴンカート(※6)のエンジン音ひとつ取ってみても、我々が音を制御するよりサウンドデザイナーが手を入れた方が間違いなく良いんです。うまく分業化出来ていると思います。
(※6 ドラゴンカート:『龍が如く7』のゲーム内で遊べるレースゲーム)
――今作からは神室町(前作までの舞台。モチーフは歌舞伎町)ではなく、新たな舞台となっています。街の音作りで意識したことはありますか?
下原 氏:街の音作りに関しては、SEの良し悪しもなんですが「動かした時、SEがインタラクティブに変化するか」「操作に対して手ごたえがあるか」「変わったと感じられたか」といった点を大事にしています。アクショントラックやAISAC(※7)など、ゲーム内の情報に追従してダイナミックにサウンドを変えるような機能は全編に渡ってよく使っています。また、実際の横浜でロケハンや環境音の収録をおこない、街の空気感をゲームに落とし込む努力もしています。
(※7 アクショントラックやAISAC:状況に応じて変化するインタラクティブサウンドを実現する機能。)
服部 氏:配置系の話ですと、インテリアパンニング(※8)の距離の設定をデザイナー側で設定出来るようにしています。SEごとに距離減衰の挙動を変えたり、細かい音作りをしていく場合も、ツール側で少ない手数で実現できるように工夫はしています。あとはドラゴンエンジン(※9)の進化の過程で、これまで自前で用意していた3DパンニングもADX2のものを採用しています。結局これもサウンドデザイナーがやりやすい方に合わせたという形ですね。
(※8 インテリアパンニング:プレイヤーの位置に対してどこから音が鳴るかを設定する機能)
(※9 ドラゴンエンジン:「龍が如く」シリーズ等で使われているセガゲームス内製のゲームエンジン。)
下原 氏:街をにぎやかす要素としては、実は音だけではなく動画もあるんですよ。たとえば街中で流れている広告映像や、イベントシーンでニュース映像を見るような場合です。こうした所はSofdec2(※10)が活躍しています。処理負荷やロード時間が発生するシーンもプリレンダリングムービー化で対応していますが、圧縮率の高さも手伝ってかなり柔軟に動画を使えるようになりました。
(※10 CRI Sofdec2:CRI・ミドルウェア製のムービーミドルウェア。高画質・高圧縮な動画が特長。動画の特殊再生を活用した演出を実現する。)
――最後に、ADX2をご検討の方へメッセージをお願いします。
時枝 氏:我々の場合は3人ともサウンドプログラミング経験者ということもあり、特に服部はサウンドのコア部分にも詳しいのですが、普通の現場はその辺りの知識がない場合もあると思います。だからこそ、ツール側に機能が集約されているのは利点です。また、我々はツール依存だけでなくプログラム制御も含めてハイブリットに開発を行っていますが、これもCRIの手厚いサポートがあってこそです。日本語での素早いサポートがあるというのが大きなアドバンテージだと思っています。本当に助かっています!
――ありがとうございました。